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第22話  進化する人間として生きる。

2009年09月22日

息子が生まれた時、最初に思ったことは

私は、病気できない。
事故にもあえない。


我が子のために絶対元気でいなきゃ!!

それは切実でひたむきに、強いものであった。


動物界における母親が子を守る、本能そのものと言っていい。


私が高齢出産で生んで、体力バリバリでなかったから
その思いに拍車がかかったようだ。

おっぱいを飲ませていた時期は、体重38kg.になったが
気力はとても充実していた。
その時、我の世界であったが子育て100%であった。

それは本能そのものであったといっていい。


今、自分は何の為に人間に生まれてきたのか?
どこへ向かって生きていったらいいのか・・・・。


長い期間を経て明確になった。


ただ、本能のままでなく、ことばを持った人間としての可能に目覚めたのだ。

リバースライフという睡眠法があり、ただ疲れを取るために寝るのでなく
脳力開発をめざしている。

朝起きて、すぐ動き出すのでなく自分と対峠する時間をつくっているのだ。

その最後に、
今日という二度とない1日を一生として生き抜くことを自分と約束し言い切ってスタートを切ることを始めた。


ひたむきさに今までとの共通性は感じるが、があまりにも違ってきているのだ。


人間は進化するのである。


ことばエネルギーの凄みを感じだしたら、可能は量りしれない


  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め

第21話 息子から教わること。

2009年09月15日

息子は22歳になった。
生まれてから小学5年生までは専業主婦だった私はまさに母子密着であった。

どこにいくのも一緒。

さすがに、高学年になると友達と遊ぶ時間が多くなったが、母子の友人がよく家に訪ねてきたりもした。

人の出入りも多かったので、夕方「鍋にする?」といって5~6人時には7~8人で
夕ご飯をたべたものだ。

それほどに、にぎやかな中で息子は育った。


その上、お父さんの仕事の関係で、その時は私はまだプログラムを受けていなかったが
スタッフと一緒に母と子は共にスタッフ研修に同行させていただいたのだ。

ハワイのコンドミニアムやニューヨークスクエアで年末のカウントダウン、
ディズニーランド等、いく先々で必ずシェアタイムがあった

数々の会話を重ねてきた。

息子は本当にたくさんの人から愛されていたのだ。

端で見ていて、すばらしい財産だなぁと思ったもんだ。

ところが最近会話する機会があって、その前にも常々おばあちゃんにもらしていたが
「僕は孤独で、寂しかったんだ。」と言っているのだ。

「こんなことも、あんなこともあってあなたはどんなに人に囲まれ、愛されていたか」と言っても
覚えていないと言う。


実は、彼が小5の時 生活が一変した。

田ぐり庵が立ち上がり、大丸デパートに店舗を構えることになり、専業主婦だった私は
朝から閉店まで関わる事になったのだ

わたしも、自分の母がその当時 不治の病と言われた結核にかかり療養生活に入ったため
小学校の入学式に来てもらえなかった
その時はおばあちゃんが来てくれたらしいのだが、前後の記憶が全くない

人間は、自分の聞き耳でしか聞かないし、見たいようにしか見ないのだ。


自分の内側の会話は事実とは違っている事も多いと思う。



だからこそ、直視することを恐れずにちゃんと向き合って会話を完了させ
新たな、ことばを創作することができるのだ。



息子の中には突然の孤独感だけを残してしまった。


その当時、話し合う事の重大さを知らなかった私はやるっきゃないと突っ走って、
息子と向き合って会話をしなかったつけなのだ。

会話の重大さを息子から教わる。




  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め

第20話 ことばの影響力はどこまでも!

2009年09月08日

きのうのモテル人でも楽しみながら、ことばのパワーのすごみ、影響力の果てしの無さを体感したばかりだ。

そして、ことばエネルギーのすごみを日常の中で私は我が息子から教わる。

彼もまた、私のであるのだ。

ことばのパワーは骨格をも動かす。

この子が幼稚園の頃など、青い服を着せていても女の子と間違えられる程
ソフトで愛らしい顔立ちであった。

今、六道輪廻の只中で苦界を体験中であるが、たまに会い会話するチャンスがある。

まじまじと顔をみる。

顔が前に出て、いかつさがある。

中高学生の頃、山下智久に似た、イケメンと親バカで思ったが

今はまた違っている。


内話が丸々人相に出るのだ。
「十如是」というすぐれたことばが仏典に出てくる。

真実のあり方の最初に「如是相」と解かれている。


息子の顔の相もその度ごとに、七変化であった。

会話科学に出会って昨日のようなプログラムの積み重ねの中で、
仲間の顔つきがどんどん変わっていき仲間同士で承認の会話が飛び交うことがおおい。



人間の相もまた、ことば次第であることはみんな感じているはずだ。


それは、森羅万象を動かすのだから大変なパワーエネルギーと言える。

我々は、ことばを持つが故にとてつもない可能と不可能を合わせ持つ。

ことばエネルギーが量り知れない影響力を持っているからこそ、
やり方、方法などではどうすることも出来ないのだ。

「人間原理」といわれる

自分という人間は何者なのか。なんのために、どこに向かって生きるのか。


この探究なくして、ことばを真に生かし切ることはできない。


息子も22歳。
人類の仲間として、彼がことばのすごみに目覚め、自分の顔相に手を合わせ大承認できるようになるには、リバースという睡眠法を実践するしかない。   


それまで、私の意図を消すことは出来ないのだ


  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め

第19話 話し合いは愛!

2009年09月01日

「話し合いで解決しないことはない」
と、会話科学は言い切ります

人と出会い調和する全ての原点であると実感するのです。


きのうは、息子(21歳)とお父さんである社長と3人で会話しました。

親の意に反し、真実からかけ離れたところで人生の選択をせまられている息子と話し合うためです。

前日から意図を作り、社長はD.Cシートを2枚と、ある紙をコピーするように言われました。
正文君に手渡すためです。

それは彼が何年も前に「お父さん、お母さんへ」
お礼とお詫びを数行にわったて書いた手紙だったのです。

A4の紙は端がボロボロになっています。

手渡された瞬間、胸を突かれました。


ことばを大事にするということは、その相手に尊厳を持つとことであることを
身をもって示されました。


当日会った時も、がんばっている彼を承認し、力づけ、顔がほぐれていくのがわかりました。

息子は、自分の考えを何としても聞いてもらいたいという、ムキになることもなく
終始おあだやかに会話が重ねられていったのです。


もちろん、人生のあり方に関わることでありチャンチャンと方がつくことでは
ありまあせんが、次の会う日程を決めて解散しました。


一番感情がぶつかり合いやすい親子の会話。

いかなる場も
ことばを持つもの同士の尊厳をもって話し合っていけば
必ず、可能が開けてくるのです。



「進化する言葉」のラスト

「認め合い、話し合い、調和します。」

は正に生々しい人生の中で生かされていきます。

  


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第18話  生まれ変わる喜び!

2009年08月25日


人間は生まれ変わることができる。

この証明の第一人者はまぎれもなく社長である。


最近のことはシェアや実際のパワーに触れてみなさんよくご存知です。


私の中のエピソードとしてあるのは息子正文君が4歳のころ
社長は彼をとても羨ましがっておられました。

 「マー君はいいな~ こんなに愛されて!」


過去の自分と目の前のマー君。
思いが正直に出てたのでしょう。

そして、今 人類を愛しずーと先の仲間への熱い、深いミッションは
天文学的数字の違いです。

別人ということばでは、あまりにももったいない程です。


後に続けとばかりに私も我と格闘しながらも、モタモタ歩みは遅くとも前に進み続けると決めている。

段々、こだわり、とらわれが取れていくのが自分でわかる。

ネバベキや知識、方法がどんなに役にたたないか自己変革、自己進化をかけてやってみたらわかる。

やっぱり、原点に行きつくのだ。


「自分って誰?」

「何の為に、どう生きようとしているの?」


自分への問いかけはことばを切り口にしないと見えてこない。

ことばが生まれ変われば、
   人生は生まれ変われるのだ。




人類におとって最高の喜びだ。


私もまだまだ、宝の真価を発揮していない。

毎日が楽しみだ。 さぁ、いくぞ!!

  


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第17話  この世は夢よ、只ことばせよ!

2009年08月18日

「この世は夢よ、ただ遊べ」
だったか・・・能役者世阿弥のことばを聞いた事がある。

豊臣秀吉も同じようなことばを残していたと思う。

最近不思議な感覚を味わうことがある。

会話科学に出会ってから、がんじがらめの絶対となって私を縛っていた
常識絡み合った糸がほぐれるように、はずれていく

「ことばが全て」ということに合点がいく。

時空をつないで、ことばだけが乗り移っていくことも、とてもうなずける。


私にはひとり息子がいる。

生まれた時、最高の幸せ感を味わった。
寒い冬、3時間おきにおっぱいを飲ませることも充実感でいっぱいだった。

桜満開のなかでの入園式・・
運動会など限りない思い出の数々・・・・・。

なのにフッと私は子供を生んだんだろうか・・
あの充足した日々はではないのか・・・



もちろん、むなしいとかではない。
楽しさ、おもしろさ、おかしさ、情熱、やさしさ、あったかさ、美しさ
あふれるほどのことばが私の中にいっぱい蓄積されていて
 「ありがとう」 のことばに集約される。


そして、私の体に感じるものは
諸行無常であり、何をことばするかにつながる。

「瞬々何を言うか。それは、何のためか」

その自覚が強くなっている。

  


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第16話 地球家族を創る!!

2009年08月11日

「常識をいかに破るか」
これが今のテーマだ。


前倒しに早寝、早起きを言われるがやることでないので、どう生きるか問われるところだ。
手放さないと先に進めないことも当然起きてくる。

息子は22歳になった。
高校生の時彼にとっての父親は到底超える事の出来ない存在として現れたのだろう。

家出をした。

それも、父親が福大で手術をする時に。

育てのは私。

自分を責めた。

葛藤もした。


会話科学の哲理が私の中になかったら、自分を平静に保つことすら
出来なかったろう。


プログラムの中で、ミーテイングの中で、仲間との会話の中で
いろんなことばと出会い力づけられ、又立ち上がって前に歩き出せたと思う。



その中を通して、我が子という欲を手放したのだ。


そうでなくとも一歩たりとも前にには進めなかった。

容易ではなかった。

「なんで!!!!!」

という不信にとっ捕まったり、被害者になったり、

全てに責任を取れた時
次にどう生きるかが見えてきた。



周りにいる仲間たち、会話を重ねあい話の通じるチーム全員が会話家族なのだと胸おちしたのだ。

「我から我々へ」とよく言われていた頃だ。


我が子、私の愛情を注いだ私の子という欲を手放し、
我々ということが私のことばとなった


彼にもいつか人間に生まれた可能に目覚めてほしいと意図は持ち続けているが
息子だから特別という思いではない。


私には沢山の子供がいる。
これからもどんどん増える。


無限の母として立場を取らせていただこう。







  


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第15話 !?0 の毎日を生きよう!

2009年08月04日

「大増上慢(だいぞうじょうまん)になれ、
とことんうぬぼれよ」


社長は叫ばれた。

スーパーモテル人になる極意はここからだと思った。
今、毎日がエキサイテイングで、感動なのです。


社長のコーチからAKOさんがハチマキを縫ってくれました。

3人揃いのハチマキでお客様と出会うのです。


これは、北島三郎の舞台のエネルギーと一体となり、我々エネルギーとして共に存在するのです。

媒体は弁当ですが、物売りではありません
会話しあっているのと同じなのです。 


昨日は、みんなプログラムだったから、息子にサポートを依頼しました。
何を会話しても「無理!!ダメ!!!」と言っていたのに来てくれて

横に並んで声を出し合いながら、幸せを感じ、私は少し興奮していたと思います。
一緒に仕事をする小さな一歩だったから。

彼はとてもカンが良く、よく通る声でおじさんたちともコンタクトしていました。


ジュニアコースを受けた事もあり、社長やリーダーから限りないことばをもらっていてこういう時には引き出されるんだ。
何一つ、無駄なものはないと、実感したのです。


ことばの可能に目覚め彼が立場を取るには、今は気が遠くなるところにいますが
息子は私のお師匠様。


私が、真実の出世の本懐に目覚めることこそ、先なのです。  


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第14話 会話コンタクトエクスタシー

2009年07月28日

プログラムの中でエクスタシーをどんな時に体感したか?
の質問があった時、Sex以外に出てきたのは、子供を生んだ瞬間でした


あの時思い返せば、一切の理屈はなく全てに対して感謝が溢れ
横にいる分身はお世辞にもかわいいとは言えないクシャクシャの顔なのだけれど
果てしなく、愛しく、しびれるような恍惚感が私の全身をおおっていたのです。
今、会話科学に出会って「人生はシンプル」を体感し始めています。

人生は誰に向かって、何の為に、何を言うのか  
・・・そして結果は?
   


それだけなのだと、明確なコーチを頂きます。

そして、ことばを持つ人間が会話を通して出会っていく時
エクスタシーといえるエネルギーコンタクトが交流します。

「あ~通じあったな・・・」

という微弱エネルギー位を実感している私は
もっともっとエネルギーアップをしてエクスタシーコンタクトをたくらんでいます。

出産の喜びは愛にあふれた分身への畏敬の念ならば
会話によっていくらでも分身を現し未来につなぐことが出来るのです。 




どんどん、乗り移っていきましょう。



ここにきて、人生の仕事が私の中で足が地についてきました。


  


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第13話 真実を知っている事と、真実者として生きる事!

2009年07月21日

リバースライフの極意はデジタルクリエイションだと言われています。
私の場合、どうしても忘備録の域を出ていないなと思っていました。


昨日、関原さんと会話していて、それは当然だと胸落ちしたのです。

本当に母を完了していないのですから
無からのひらめきが現れようがないのです。



 「きちんとしなさい」 

オーバーボイスし洋服を着て歩いているのです。

ずーとネバベキできちんときちんと生きる事に全力だったわけです。


実は息子の正文君、みごとにだらしない姿を見せつけてくれます。

くつは脱ぎっぱなし。
電気はつけっぱなし。
服は・・・。
部屋のごみ・・・。



しつけひとつまともに出来なかった母親として彼に申し訳なく思っていましたが
私の内話の現われでした。


「真実とは・・・」とたくさん知っていてそう生きているつもりになっていただけで
真実者として生きることとは大変な落差です。

「自分とは誰か?」
「自分とは何者か?」
「何のためにどう生きるのか?」



この原点の問いに立ち戻ります。


それにしても、母親の会話の乗り移りはすごいです。

生半可な探求では本当の完了と感謝にはいかないぞと気を引きしめています。


  


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第12話 ことばエネルギーに乾杯!

2009年07月14日

映画「ロッキー・ザ・ファイナル」
推選されて、仲間と見に行ってきました。


場面、場面で感動がこみ上げてきます。

後で、知ったのですが 主演のシルベスター・スタローンは30年前自らシナリオを書き上げ売りこんだのがあの有名な初演「ロッキー」だったのです。
創作者でありチャレンジャーです。

この映画、彼や彼の仲間が言ったことばが見るものに揺さぶりをかけてきます。見ている間中、清々しい感動の中で「やっぱりことばなんだ」と確信させられるのです。

ふるいたたせるのも愛に目覚めるのもチームとして結果を現すのも
ことばしかないのです。 


すばらしいこたばがちりばめられて、胸を打っていきました。

その中でも、彼が息子と会話するシーンはそのまま社長と正文君とだぶってしまいました。


「たとえ何があっても俺はお前を愛し続ける。
俺の人生のかけがえのない宝だ。
だが、自分を信じなきゃ、自分の人生じゃないぞ。」



ロッキーのことばを聞きながら、今は修行に出ている正文くんを1日も早く

社長の側で共に生きる道へ歩ませなきゃとはやる気持ちの中で決意を強めた日です。
  


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第11話 ことばを持つ人間は皆、天才だ!!

2009年07月07日

我が家のリビングルームの壁に正文君の誓約書が張ってあります。

3項目、どれも守られていません。


なぜ、それをずーと張っているのか、これは私自信のへの直視でもあるのです。

彼の言動も、社長やスタッフの愛情をいっぱい受けて、とても穏やかになってきました。

時折、用事があって電話をかけます。

時差でかかってきますが、「ありがとう」とか「ごめんなさい」という
ことばが会話の中にでてきます。

最後に私は
「何をしていてもいいから、誠実にね」と言って電話を切ります。


母と子の会話は一体です。
私の会話体がチェンジしなければ、彼もまた同じです。
まぎれもなく、お師匠様なのです。


忘れられないことがあります。
マー君が3歳頃、彼は
「僕は天才だ~!」とはしゃいだことがあります。

「天才だなんてめっそうもない!!」
世間の会話どっぷり、会話科学も知らない私はたしなめました。

今からみれば私は大変な暴言を使ったのです。

ことばの可能に目覚めたら、
それこそことばを持つ人間は誰でも天才なのです。


只、知らないのです。
ことばエネルギーが全てを創りだしていることを。
ことばを生かす道もわかっていません。


私は正文君に本当に申し訳なかったと思っています。

全てを受け止めて、深く大きく見守っていきます。

そして、
愛もお金も健康も幸せも全てことばなのだ
ということを人々へ乗り移っていきます。

  


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第10話 我が子は我が師なり!

2009年06月30日

~ことばはいのち乗り移れ!!~

「人生の全ての結果は自分が源泉
「全ては意図次第」


私が真実に出会って今日まで、常に頭の中にあって
私を導いてくれたことばです。



息子正文君は20歳で若者の象徴として私を鍛えてくれています。
「人生は何のために、どこに向かって
どう生きることなのか!?」

目覚めてくれる深い意図を持って関わりが続いています。


社長が最初、自分のリバースなのだよ。と言われ、
彼の部屋の片付け、意図を受け継いでいまだ毎日続いています。

以前は、ネバベキしつけレベルで会話をしていましたから
当然ながら、けんかになりました。

今、私は彼と会話しながら怒る事はなくなりました
一歩前進ですが、いよいよこれからです。

人の人生に違いを創る
最高のお師匠様が目の前にいます。


やり方方法は全く通用せず
自分の生き様がうつしだす鏡です。



謙虚に前進です。


リバースライフの中で
「お母さん ありがとう愛しています」
「お父さん ありがとう愛しています」


と言っている時、この父母のところに生まれた必然に深く受け止められ
それはそのまま真実に出会わせてくれた熱い感謝となってエネルギーが
放出するような時空間でした。



正文君がいつか、
このお父さんが自分の父であることへの
深い受け止めと喜びと感謝で満たされる
ことが私の意図なのです。




  


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第9話 2006.12.7親愛なる正文君へ!

2009年06月23日

~愛は会話!
  溢れる力づけはまず承認から始まる!!~



一昨日の夜、正文君は山のように名刺をかかえて

「お母さん、テーブル貸して。」

A4紙に名前、住所、等書き始めました。

小さい小さい字でびっしりと書いている途中で社長の帰宅となりました。

それからも作業が続く中、社長は大承認を始められたのです

あきっぽい彼の集中力、精密さ等。

私なんぞは「もうちょっと字が大きい方が読みやすいと思うよ。」と言うと

「以前、彼はこんなに字を小さく書く人にかぶれたんだよ。かっこいいと思ったことがあるのさ」
と社長は言われたのです。

良いも悪いもなくどれが正しくて間違っているなんて
な~んにもない
のです。


部屋の中にやすらぎとあったかさが流れる時間でした。


全ての根本がアイコンタクトだと言われます

リバースライフの最後の仕上げ
も自分とのアイコンタクトですが
ここでは、自分の眼を見ながら、母、父、皆さんとのエネルギーコンタクトで正に仏になる瞬間です。

眼が見れない場合、先ず自分に対して
深い否定がありますから鏡の中の自分も、もちろん人とのアイコンタクトも難しくなります。



人を力づけるのに承認のことばパワーを
はずすことは出来ません。


人と出会っていくのに大事なキーワードになります。

その根本は徹底した自己承認

自分とのアイコンタクトが重要です。

自分を愛し、人類を愛す。


それは、自分にも、人にもおしみない承認のことばを与える ことだと思うのです。





  


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第8話 2006.11.16 親愛なる正文君へ!

2009年06月16日

~人生の目的を模索している君へ~

11月18日はお父さんの誕生日、あと2日で77歳です。

そして、君は20歳

あなたが4歳の時幼稚園に行く坂をお父さんは君の手を引きながら
「この子が20歳になる時まで生きているだろうか?」
と、フッとよぎったと言います。

今、身体は老化現象等ありますが青年のように
エネルギッシュに人類への熱いメッセージを伝え続けているのです。



朝、夜の生活のリズムをチェンジして突っ走っていたあなたですが、最近変化を感じます。
お金絶対の中でうそと建前、しがらみ いろんなことが一気に見えてきているのではないでしょうか?



お母さんは、博多座でお弁当を売っていますが
目の前に1ヶ月間だけ公演者のグッズを売っているコーナーがあります。

不思議にこのグッズを売っている人は時々田ぐり庵のお弁当だけは買ってくれるのです。

あとでわかりましたが、公演者の息子さんでした。
とても人のよさそうな人なのですがパワーがないのです。

まだまだ、人生これからなのに、お父さんを超えられなくてあきらめに入っている感じがするのです。


あなたは、まだまだ大人になっていません。
時間を守る事。
身辺を常にインペガブルにすること。
約束を守る事。等


身についていませんが、エネルギーがあるのです。

これがすごみです。

理屈ではなく、模索しているはちゃんと受け止めて一緒にいますよ。
どんどん、話をしていきましょうね。
あなたの優しさに力づいています。  
                                  お母さんより  


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第7話 2006.9.21 親愛なる正文君へ!

2009年06月09日

 ~今日 20歳になる君を祝って~

20回目のお誕生日おめでとう! 

20年前2460gで生まれた君は、今 髪の毛に気を使い、女の子が気になり
夜間の仕事が終わって朝、元気よく帰ってきます。

元気でいてくれる事をなによりありがたく思ってきます。


誕生日の当日はお母さんの朝ごはんが食べたいと言って
メニューのリクエストをくれました。


あったかいごはん
味噌汁
サバの塩焼き
玉子焼き
納豆
海苔
サラダ

これを聞いたとき、実はホッとしました

あなたは、自分の目で確認したくていろいろ体験中です。
わざわざ、遠回りしなくても・・・と親心ですが、これも大事な時と
お父さんも、スタッフの皆も暖かく見守ってくれています。 

あなたは、自分が皆にどんなに愛されているか
知っていますか?
 

あなたのお父さんは偉大な人です。それゆえの葛藤もあるでしょう。

それでも、何があってもどんな時でも話し合って開いていけることを
お父さんは毎日の中であなたにちゃんと乗り移っています。
これは、大変な財産です。

何をやってもいい。
「それは何のため?」
いつも自問自答してください。


そして、ヒデちゃんや側にいる人たちをち力づけてあげてください。
成人するということは自分の言動に責任をとるということです。

一歩一歩前進しましょう。
いっしょにいますよ。

                          お母さんより



  


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第6話 話合う

2009年06月02日

我が息子は突然、驚くような行動にでた。

高校2年生の時に家出をしたのだ。

それも、彼のお父さんがアブレーションの心臓の手術をする日に。


「今日は学校が終わったらお見舞いに行くから」といって、姿を見せずにそのまま・・・

お父さんの心痛も量りしれないものがあった。

私は、自分を責めた。

仕事が忙しいことを理由に息子の気持ちを受け止めていなかったし、
子育てが間違っていたと自分を責めることしか、その当時の私には出来なかったのだ。


広島に行っていたらしいのだが、福岡に戻ってきたとき、私たちの仕事仲間が信号待ちのとき息子を見かけ電話をくれた。

何とか、彼と連絡がついて夜遅く何度か話し合うチャンスがもてるようになった。

その時、社会人サッカーチームに席を置いてお世話になっていた監督が
親身になって足しげく家にきて話をしてくれた。


なんとも、ありがたいことであった。

私は、なんと沢山の人々に支えられ生かされているかとしみじみ実感させられた。

そして、何があっても話し合いしかないと感じたのも、この件でつかんだことである。 

何度も何度も話し合った。

息子も出席日数ギリギリで高校を卒業する事ができた。


常識という名の元に子育てには「しつけ」が付いて回る。

人間としてどうあるべきか基本的なのは大事なのだが、
世間からどう見られるかという保身からのしつけは意味がない。


それよりも、人間に生まれた喜び、人と関わる楽しさ、ことばを持っていることがどんなに素晴らしい可能に満ちているのか

その頃の、母親である私がまだつかんでなかったのだ。

ことばをもつ人間として生をうけた素晴らしさをとことん伝え、乗り移るのが母親の使命だと、苦い経験を通して実感している。


  


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第5話 僕は天才!

2009年05月26日

私が子育てを振り返って、象徴的な苦い経験があります。

息子が幼稚園児だったころ、前後の流れは忘れましたが

「僕は、天才だ~!!」と叫んだことがありました。

今だったら、一緒にそうだ、そうだ。と大承認するところですが、
なんと私は 「めっそううもない!」と制したのです。
ネバベキ、世間の常識を絶対とし、それこそがしつけの最たるものとして育てて
いたのですから、なんの疑いもありませんでした。


私がいかになのも見えていなかったのかを代表する出来事です。

人間とは何か。
どこにむかって、どう生きたらいいのか。
本来の何より大切な人間に生まれた意味など思いもせず、
目の前のことに、あくせく生きていました。


「人間はことばである。ことばエネルギーが全ての現象を創るのだからことばが先なのだ。」

会話科学に出会い目からウロコのことばに遭遇しました。
人間の脳にははかりしれない可能があることもわかりました。


全ては、ことばがあるがゆえです。

息子の脳内のことばがスパークし、「僕は天才だ~!」と言わしめた人間の可能のすばらしい瞬間だったのです。


親は何気ない言動を通して子供の可能を押さえこんでいるのです。
「早くしなさい」
「ダメねぇ」
「バカだねぇ」


常生活の中で飛び交うことばが愛する我が子に乗り移って、
ますますその通りになるなど思ってもいないでやっています。

自分の会話が子供を創りあげているのです。


母親の使命って偉大ですね。  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め

  第4話  プログラムとの出会い

2009年05月19日

私がNAGAIのプログラムに参加するきっかけは
息子と息子の友人のお母さんだった。

身内が主催しているからではない。

深いところで意図はあったのであろうが
「プログラムを受けないか?」
等のお誘いは一度もなかった。

めぐり合う縁の不思議さを思う。

実は、以前 小学校3年生~6年生対象の
チャイルドコースというプログラムがあった。


息子はその1期生であった。

その後、一緒に母と子が参加する場面があったが、見ていると小さい子の面倒をよく見て
リーダーシップを発揮していたのだ。

迷っている私に
「お母さん、受けたほうがいいよ!」
と、強く言ってくれた息子。

友人も
「子育て中のお母さんは絶対受けたほうがいい!子供ためよ!!」
と、強く語ってくれた。


2人の言葉がなかったら、
プログラムとの出会いはずーと、ずーと後になったに違いない。

2人は私と会話科学に出会わせてくれた恩人である。


・・・2人は今はここにいない・・・。

「モノなし、我なし、ことばのみ、ことばが全てのすべて」
この根本を一人でも多くの人にメッセージしていくとが恩返しになるのだと思っている。

言うのは簡単だが私の欲の強さはなかなかのもので
中々手放せず、しがみつき続けた。

我はどこにもいないと理屈では解かっていても、感情・気分がおさまらない。

自分の気分に乗っ取られたら、そりゃあ悲惨なものだが、
その頃は自分絶対、自分が正しいと思い込んでいるのだから始末におえない。

リーダー達はそれこそ、辛抱強く、ことばをかけ続けてくれた。
愛もことばだと言い切れるのは、愛にあふれたことばを限りなく頂いたからなのだ。


最敬礼の思いである。

  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め

第3話 我が子  

2009年05月12日

子供の存在はそれだけで母にも子にも満たされた存在となるはずなのだ。

実際、自分がどんなに出来の悪い母であっても子供は誰とも比較しない。
絶対的に母を求めてくる。


このエネルギー感は母親を夢中にさせる。
私もまた、こんな充足感は初めてで、少々の子育ての大変さなんてどこかに
吹き飛んでしまう。
ありがたいと心底思った。

これが、我の小さな世界のことであると気付くのは、
まだまだ先の事である。




戦争中、特攻隊の若者達は「お母~さ~ん」と叫んで散っていったとか・・・

何処までも母親の存在は人類にとって素晴らしい存在である。
それは、自分が生んだ子血が繋がっているからではないのだとやっと思えるように
なったのは最近のことである。

それまで、とことんへばりついていた。

こんなに可愛い子がこの世にいるかと思い。
何をやってもかわいいいとしいばかりであった。



そのなかで、当然のようにしつけが入ってくる。

常識という名のもとに、ちゃんとする事を教える事も子育てと思い込んでいた。

やり方、方法でしても結果がでないことを私は我が子の子育てを通して痛感した。


もっと、もっと人間に生まれた喜びで満たしてあげればよかった。
一人一人、そしてもちろん正文君の中に内在する計り知れない可能の話をどんどんするんだった。


私自信が常識の会話にがんじがらめになっていた時の子育てだから
その言葉しか、与えることができなかった。

本当に申し訳なかったと思う。


この想いは他の人々と関わらせていただき、自分の誠実とエネルギーをかけて
人様の人生に違いを創ることで、いつか巡りくるのだと信じている。


我が子を手放したところから我々家族がやっと見えてきたと言える。

  


Posted by nagai@福岡 at 08:00母としての目覚め